緑のクマ

アストルティアにはぬいぐるみという部屋を飾る人形がある。大体が可愛いらしく造形され、スライムやモーモンなどモンスターを模したものもかなり出ている。どれも裁縫職人が手作りしていて、細部までこだわって作られたぬいぐるみたちは人気が高かった。
でも、生憎エックスはこういったものに興味がなかった。確かに可愛いとは思うけど、欲しいかと言われたら別にいらない。だから福引で当たったぬいぐるみは、エステラかアンルシアにプレゼントしていた。喜んでくれるけど、やっぱり女の子の好きなものはよくわからなかった。
なのに。なのに、今エックスはやっと貯まったお金を持ってバザーに走っていた。ぬいぐるみを買うために。

その理由は、一週間ほど前に遡る。
バザーには職人たちが汗を流して拵えた具足がたくさん出されている。素晴らしく出来がよく、その分値段も手が出ない程お高い。しかしたまに掘り出し物があるため、エックスはそれ狙いでほぼ毎日バザーへ来ていた。
「そろそろ剣を新調したいんだよな〜」
品物を眺めながら唸っているエックスの隣では、シューが何やらガラクタにしか見えないものを熱心に見ている。またゴミを増やす気なのか。と、エックスは心の中で呆れた。前にそう言ったらゴミじゃないと怒ったので口には出さなかった。
「ちょっと! あなたまたゴミ増やす気なの? 言っとくけどアジトの方には入れないわよ。あなたとエックスのあの豚小屋みたいな家に持っていってよね!」
エックスが言わなかったことをサレがそのまま口に出した。ムッとしたシューが抗議する。
「ゴミじゃない。豚小屋でもない。あれはちゃんと置いてあるんだ」
嘘だ。と、エックスはまた心で呟いた。拠点として使っている家はサレが全部お金を出したから、彼女にあらゆる権限がある。部屋もキレイに使わないと怒られる。片付けるのが苦手なシューは、口出しされないように隣の土地に家を建てて隠れ家的な場所をこさえた。男同士で気楽だし好きなものを置いてエックスもそこで過ごすことが少なく無かった。が、男寡婦に蛆が湧くというのはこのことで、あっという間にひどい有様になった。虫こそ出はしないが、一度様子を見に来たサレがれんごくまちょうのような絶叫を上げて逃げ出すほどだった。

その時、ふと品物の中にぬいぐるみがあることに気付いた。蛍光緑の妙ちきりんなクマのぬいぐるみ。それを見た瞬間、エックスは忘れていた幼い頃の記憶を一気に思い出した。
子供の頃、どうしても欲しくて買ってもらったクマのぬいぐるみ。兄が錬金で色を変えてくれるって言ったから、黄色にしてほしいって言ったのに。出来上がったのは変な緑色のクマだった。最初は怒ったけど、兄に色を変えてもらったのが嬉しくてずっと大切にしていた緑のクマ。村が襲われた時、それはたぶん燃えてしまった。
だが、今目の前にあるのはそのヘンテコな緑のクマにそっくりなぬいぐるみだった。思わず値札を見てがっかりする。20万ゴールド。ぬいぐるみにしては高値で、とても手の出る値段ではない。エックスは、この時初めてぬいぐるみを欲しいと思った。そして決めた。お金を貯めて必ず手に入れる、と。

毎日討伐を受け、拙い木工品を納品してクタクタになりながらようやく20万が貯まった。毎日売れてしまわないかハラハラしながらバザーを見ていた。昨日まではまだあった。でも今日あるとは限らない。
息を切らしながらバザーへやってきたエックスは、棚を見て言葉を失った。ない。昨日まであった緑のクマのぬいぐるみがない。よろよろと店主の前まで歩き、最後の望みをかける。
「あ、あの、あそこにあったぬいぐるみは……」
「ああ、ちょっと前に売れちまったよ、高いから売れないかと思ってたんだがなぁ。彼女にプレゼントする気だったのかい? 残念だったな」
望みは絶たれた。やはり売れてしまったらしい。エックスは礼を言うととぼとぼと来た道を戻った。ぬいぐるみひとつ買えなかっただけでこの世の終わりみたいな顔をしながら、浮いたお金を眺める。
「どうすんだこれ……」
ボソリと漏らした。アジトへ戻ると、中は静まり返っていた。誰もいないのかな、と、大きな溜息をついた。

「おかえりエックスくん!」

どこからか可愛らしい声がしてはっと顔を上げた。声の主を探していると、キッチンのカウンターから、あの緑のクマがひょこっと顔を出した。

「そんな悲しい顔しないで。今日からボクがずっと一緒だよ」

腕を振りながら、緑のクマはそう続けた。何がなんだかわからずに呆然としていると、カウンターの奥からサレが頭を出した。彼女が人形劇のようにぬいぐるみを操っていたのだ。
「変な色のぬいぐるみね。こんなのが欲しいなんてあなたもまだ子供なのねん」
シューもカウンターに隠れていたらしく、姿を現した。
「な、なんで、二人とも」
「この間バザーでこれに熱視線送ってるんだもの。それにここ最近あんなに面倒くさがってたお金稼ぎを頑張ってるから、よっぽど欲しいんじゃないかって話してたの」
サレとシューはお互いに視線を合わせた。
「これは私たちからのプレゼント! いつもありがとうエックス。サプライズ作戦は超大成功ね〜!」
まだ唖然としているエックスに、サレは緑のクマを渡した。あの時にはなかった、リボンがついていた。
「あ、ありがとう……二人とも。大事にする」
「えっ、何も泣くことないでしょ」
「だからやめようって言ったのに……」
涙ぐんだエックスに、サレが慌てた。呆れ返っていたシューの瞳も穏やかに細くなる。エックスは、緑のクマの事を二人に話そうと思った。
兄との思い出と、二人の仲間の想いが込められた緑のクマ。それは今日もエックスの部屋の机に飾られている。

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