火蜥蜴の国 目の前に用意された豪勢な料理を見て、エックスは些か引いてしまった。ナジーンに呼び出された食堂で席に案内され、どんどん料理が運ばれてきた。アストルティアとかわらないものもあるにはあるが、おおよそ食欲をそそるような色ではない、カラフルなものばかりで、中にはトカゲの丸焼きのようなものがある。奇異な料理だと思う反面、魔族に変じた影響なのかとても食欲をそそるられる。 魔界に来たばかりの頃は、食べ物を受け入れることができず空腹で倒れたことがある。ユシュカに紫色の毒々しい肉を与えられた時、こんなものを食べるなんて気持ち悪いと思いながら魔族と化した体はそれを求めて貪った。美味いと感じた瞬間に自分は最早人間ではないと悟って絶望した。 しかし。他の国に着いて食事をした際に出されたものは、アストルティアでも食べられそうなものがあり愕然とした。ユシュカはわざと毒々しい果実や肉を渡してきていたのだ。魔界の食い物に慣れさせるためだと笑っていたが、本当に腹立たしかった。 ファラザードの食べ物は、やはり気候のせいかアラハギーロのように香辛料をきかせた辛くて味の濃いものが多かった。近くに海があるので魚介料理も多い。それにしてもすごい量だった。呆然としていると、ナジーンが部屋に入って来た。 「出揃ったようだな」 「あ、ナジーンさん、これは」 ナジーンはエックスの向かいに座ると溜息をついた。 「ユシュカももう少し気に掛けて欲しいものだが……せめてこのぐらいはさせてもらいたい。君は健啖家なのだろう?」 健啖家。と言えば聞こえが良いが、ようはただの食いしん坊だと前にサレに言われたことを思い出した。苦笑いして、はっとした。 「僕がその、健啖家、ってどうして知ってるんですか?」 「ユシュカが言っていた。何でもうまそうに食べるから見ている側まで腹が減る、と。まったく君の話ばかり聞かされる。余程君の事が気に入ったようだな」 ちょっと恥ずかしくなり、ふっと笑ったナジーンから目を逸らす。 「君は本当によくやってくれている。型破りなユシュカに振り回されても愚痴ひとつ言わない」 「いえ、僕はユシュカに命令されたからやってきたわけじゃないですから」 予想外の言葉が返ってきて、ナジーンはほう、と呟いた。 「自分で判断して決めてきたつもりです。たとえユシュカの命令でも、やるべきじゃないと思ったら命令には従いません」 言ってから、エックスははっとして青ざめた。魔王の副官の前でこんなことを言っては、謀叛の疑いありと取られてもおかしくない。 「すみません、あの、ユシュカが嫌いとかそういうのじゃなくて」 慌てて弁明しようとするエックスに、ナジーンは可笑しそうに笑った。 「わかっている。王の言うことにただ頷くだけでは良い官とは言えないからな」 エックスはほっと胸を撫で下ろした。良い官、と言われて少し違和感が過る。以前ナジーンに共にユシュカを支えていこうと言われたときも同じ感覚があった。 「……僕はユシュカが好きです。本当に自分の国や民を愛してる。他の国も見てきたけど……こんなに活力を感じたのはこの国だけだった」 人間に戻りたくて、アストルティアに帰りたくてずっと一緒にいたけど、それは新しい大魔王を作り出す手伝いをしているのだと途中で気が付いた。でも、この人なら、ユシュカなら大魔王になってもアストルティアへ侵攻してくることはないかもしれない。エックスにとってユシュカは闇の淵に射し込む一筋の光でもあった。ただどうしても不安は拭い切れない。 「一緒に旅をして、ユシュカは本当にすごいって思った。こんな混沌とした世界で魔王になる覚悟を決めるのがどんなに大変なことか……すごく尊敬してる。でも、そうじゃない部分もあるんです。だからどうしても反発してしまって……いえ、嫌いとかじゃなくて、ああ、なんて言ったらいいのか」 ナジーンは、ユシュカは本当にいい拾い物をしたと思った。思い悩み、思考停止させずに納得できる答えを探し続ける。しかし、一人の人物との付き合いにこうも真面目になれるものなのかと、ナジーンは声を上げて笑った。笑い飛ばされたエックスは、驚いて目を丸くさせた。 「私でさえ、ユシュカには苦言を呈さねばならん部分がある。難しく考えなくてもいいのではないか? よく吟味するのは良いことだが、思い詰めるのはあまり良くない」 「そ、そう……かなぁ」 「さあ、硬い話はこれくらいにしておこう。料理が冷めてしまう。アストルティアから来た君の口に合うかはわからないが、遠慮せずに食べてくれ」 「ありがとうございます」 エックスの心に沈んでいたものが少しだけ消えた。噫々、軽くなれば腹が減る。香辛料の良い香りが食欲を刺激してくる。不安は消えない。でも、今はナジーンの優しさに甘えておくことにしよう。エックスは久々にその健啖家振りを発揮することにした。 2020/10/23(Fri) 23:40:54 DQX
目の前に用意された豪勢な料理を見て、エックスは些か引いてしまった。ナジーンに呼び出された食堂で席に案内され、どんどん料理が運ばれてきた。アストルティアとかわらないものもあるにはあるが、おおよそ食欲をそそるような色ではない、カラフルなものばかりで、中にはトカゲの丸焼きのようなものがある。奇異な料理だと思う反面、魔族に変じた影響なのかとても食欲をそそるられる。
魔界に来たばかりの頃は、食べ物を受け入れることができず空腹で倒れたことがある。ユシュカに紫色の毒々しい肉を与えられた時、こんなものを食べるなんて気持ち悪いと思いながら魔族と化した体はそれを求めて貪った。美味いと感じた瞬間に自分は最早人間ではないと悟って絶望した。
しかし。他の国に着いて食事をした際に出されたものは、アストルティアでも食べられそうなものがあり愕然とした。ユシュカはわざと毒々しい果実や肉を渡してきていたのだ。魔界の食い物に慣れさせるためだと笑っていたが、本当に腹立たしかった。
ファラザードの食べ物は、やはり気候のせいかアラハギーロのように香辛料をきかせた辛くて味の濃いものが多かった。近くに海があるので魚介料理も多い。それにしてもすごい量だった。呆然としていると、ナジーンが部屋に入って来た。
「出揃ったようだな」
「あ、ナジーンさん、これは」
ナジーンはエックスの向かいに座ると溜息をついた。
「ユシュカももう少し気に掛けて欲しいものだが……せめてこのぐらいはさせてもらいたい。君は健啖家なのだろう?」
健啖家。と言えば聞こえが良いが、ようはただの食いしん坊だと前にサレに言われたことを思い出した。苦笑いして、はっとした。
「僕がその、健啖家、ってどうして知ってるんですか?」
「ユシュカが言っていた。何でもうまそうに食べるから見ている側まで腹が減る、と。まったく君の話ばかり聞かされる。余程君の事が気に入ったようだな」
ちょっと恥ずかしくなり、ふっと笑ったナジーンから目を逸らす。
「君は本当によくやってくれている。型破りなユシュカに振り回されても愚痴ひとつ言わない」
「いえ、僕はユシュカに命令されたからやってきたわけじゃないですから」
予想外の言葉が返ってきて、ナジーンはほう、と呟いた。
「自分で判断して決めてきたつもりです。たとえユシュカの命令でも、やるべきじゃないと思ったら命令には従いません」
言ってから、エックスははっとして青ざめた。魔王の副官の前でこんなことを言っては、謀叛の疑いありと取られてもおかしくない。
「すみません、あの、ユシュカが嫌いとかそういうのじゃなくて」
慌てて弁明しようとするエックスに、ナジーンは可笑しそうに笑った。
「わかっている。王の言うことにただ頷くだけでは良い官とは言えないからな」
エックスはほっと胸を撫で下ろした。良い官、と言われて少し違和感が過る。以前ナジーンに共にユシュカを支えていこうと言われたときも同じ感覚があった。
「……僕はユシュカが好きです。本当に自分の国や民を愛してる。他の国も見てきたけど……こんなに活力を感じたのはこの国だけだった」
人間に戻りたくて、アストルティアに帰りたくてずっと一緒にいたけど、それは新しい大魔王を作り出す手伝いをしているのだと途中で気が付いた。でも、この人なら、ユシュカなら大魔王になってもアストルティアへ侵攻してくることはないかもしれない。エックスにとってユシュカは闇の淵に射し込む一筋の光でもあった。ただどうしても不安は拭い切れない。
「一緒に旅をして、ユシュカは本当にすごいって思った。こんな混沌とした世界で魔王になる覚悟を決めるのがどんなに大変なことか……すごく尊敬してる。でも、そうじゃない部分もあるんです。だからどうしても反発してしまって……いえ、嫌いとかじゃなくて、ああ、なんて言ったらいいのか」
ナジーンは、ユシュカは本当にいい拾い物をしたと思った。思い悩み、思考停止させずに納得できる答えを探し続ける。しかし、一人の人物との付き合いにこうも真面目になれるものなのかと、ナジーンは声を上げて笑った。笑い飛ばされたエックスは、驚いて目を丸くさせた。
「私でさえ、ユシュカには苦言を呈さねばならん部分がある。難しく考えなくてもいいのではないか? よく吟味するのは良いことだが、思い詰めるのはあまり良くない」
「そ、そう……かなぁ」
「さあ、硬い話はこれくらいにしておこう。料理が冷めてしまう。アストルティアから来た君の口に合うかはわからないが、遠慮せずに食べてくれ」
「ありがとうございます」
エックスの心に沈んでいたものが少しだけ消えた。噫々、軽くなれば腹が減る。香辛料の良い香りが食欲を刺激してくる。不安は消えない。でも、今はナジーンの優しさに甘えておくことにしよう。エックスは久々にその健啖家振りを発揮することにした。