オーグリードの宿

今日はツイてない。寒空の下で宿を探したのだが、生憎どこも満室ですげなく断られ、ようやく一部屋空いていた宿に有り付いた。しかし暖炉のない一人部屋でベッドはひとつ。オーガ用だったというのが救いか。それでも男二人が寝るには窮屈だ。
エックスは冷えた体をさすりながらベッドに潜り込んだ。隣ではシューがつたない明かりのもとで本を読んでいた。
「なに読んでるの?」
「ドワチャッカのカラクリの本」
横からのぞき込んでみたが、難しそうな言葉が並んでいてすぐに見るのをやめた。
「難しそう。こんなの面白いの?」
「まあ。君も本は好きなんじゃないのか?」
「僕は物語しか読まないから」
へへ、と子供っぽく笑うと、揺れる光をぼんやり見つめた。
「なんか思い出すなぁ。子供の頃、夜が心細くて泣いてるといつもお兄ちゃ……兄さんがこうやって僕のベッドに入って本を読んでくれたんだよね」
シューは少し笑みを浮かべながら話を聞き、相槌を打つ。幼い頃に両親と死に別れて、村の人の助けもあったけれど兄がいなければ生きて来れなかっただろう。一体どこで何をしているのだろう。
欠伸を噛み殺したシューを見てエックスはっとした。
「シュー、ずっと気になってたんだけど、もしかしてあんまり眠れないの? いつも遅くまで起きてるし、朝も僕より早く起きてるよね」
「ああ、でも体調が悪くなるわけでもないから、そういうものだと思ってる。気にするな」
「気にするよ、眠れないのってすごいストレスだし、今はいいかもしれないけど年取ったらガタくるよ」
勢い良く起き上がり、シューに詰め寄る。
「年取ったらか」
言い回しが面白くて笑ってしまった。
「あ、そうだ、ちょっと待ってて」
エックスはベッドから飛び出して備え付けてあった粗末な火起こし器で何かを作り始めた。シューは何をしてるのかと聞こうかとも思ったが、大人しく見守ることにした。再び本に目を落としてからしばらく経つと、エックスがカップを2つ持って戻ってきた。片方を渡すとベッドに入って体を震わせた。
「これ飲むとよく眠れるんだよ」
「ありがとう」
甘ったるい香りがする。どうやらホットミルクのようだ。エックスらしいというか、子供っぽいというか。少し口を付けたが熱すぎて肩を竦めた。シューは猫舌だった。それにやっぱり甘い。
「ちょっと甘すぎないか」
「そ? 僕の家はこれが普通だよ」
冷えた手を温めるように両手でカップを握り、美味しそうに飲むエックスを見て、なんだか気が抜けてしまった。しかし、確かに体が温まり飲み終える頃には少し眠気が出てきた。
「よし、飲んだらすぐ寝る! 本は閉じて!」
シューから本を奪い取ると毛布を被る。
「おやすみ。寝相が悪いから先に謝っておくよ」
「精々気を付ける。おやすみ」
そう言うとシューは蝋燭の火を吹き消した。

翌朝、エックスは頬を刺すような寒さに目を覚ました。めちゃくちゃ寒い。ベッドから出たくない。でも起きないと。と、寝返りを打って声を上げそうになった。隣にシューが寝ていたのを忘れていた。ちょうどこちらを向いて眠っている。寝顔を見たのは初めてかもしれない。寒いのか体を丸めている。
(猫みたい。睫毛長いなぁ)
ちゃんと眠れたようでホッとした。兄のように頼ってばかりだったから、ちょっとしたことだけれど役に立ててよかった、と嬉しく思った。
その後二度寝したエックスと思った以上に寝過ぎたシューは、寝惚け眼のまま宿を飛び出して大急ぎで次の街へと向かった。

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